『ウサギさんはお嫌いですか?』
文章:ふぉうりん、挿し絵:daic
「あれ? カーテン閉まってる」
外から見えたリビングにはカーテンが掛かっていた。太助は少々不審に思ったが、あまり気にせず玄関のドアを開けた。どうやら鍵は掛かってないようだ。留守ではないらしい。
「ただいま!」
太助はドアを開け、確かめるように少し大きめの声で言った。
しーん
しかし、本来太助に返されるべき返事は無かった。芽生えた不審感は、不安に成長し、不安が心を蝕み、焦りが生まれる。焦燥の念に駆られた太助は、急いで靴を脱ぎ捨て、リビングに駆け込む。
ガチャ
「!?」
太助にはその光景が一瞬何か理解出来なかった。
どちらかというと暗めの微妙な照度のリビング。天井にはいったいどこから準備してとりつけたのか、小型のミラーボールがぶら下がり、どこからか当てられた光を乱反射している。渋めのジャズがBGMとして流されていて、独特の雰囲気を醸し出していた。いや、本来驚くべきところは別にあったのだが。
「いらっしゃいませ。太助様♪」
「は?」
「一名様、ごあんないで〜す!」
「ちょ、ちょっと待てよ。シャオ一体やってるんだ?」
「今日は、たっぷりサービスしますよ。た・す・け・さ・ま(はぁと)」
「はい!?」
太助は素っ頓狂な声を上げて大いに驚いた。だが、なんとか残った理性にしがみつき、太助はもっともな疑問をシャオにぶつけた。
「ちょっと待てよ。シャオ。なんつー格好してるんだ!?」
「え? ウサギさんです」
にっこりと可愛らしく笑って答えるシャオ。そうなのだ。シャオの格好はバニーさんなのだ。
「いや、そうじゃなくてね」
太助はシャオの物の見事なぽけぽけさん振りに脱力しながらも、再びシャオの答えを待つ。
「…太助様。ウサギさんはお嫌いですか?」
シャオがほんの少し気落ちした声で眉を寄せ、上目遣いで恐る恐ると言った感じで、太助の顔色を伺った。平たく言うとガード不能の必殺技である。太助にとっては、殆ど反則技だろう。
「そ、そういう訳じゃないんだけど…」
とぶつくさ太助はお茶を濁していたのだが。
「意見が無いと言うことは、無言の肯定と受け取るぞ? 主殿」
いつのまにか太助の背後に立ったキリュウが、太助に追い討ちをかけた。
「なっ!?」
「主殿。試練だ」
と太助の反論も挟ませずピシャリと言い放った。
「シャオ殿。主殿はシャオ殿の格好が気に召したようだぞ?」
「えっ!?」
(主殿。シャオ殿が主殿の言葉を期待しているぞ。何か言ったらどうだ?)
と太助にしか聞こえない小声で、キリュウは耳打ちした。
「その…あの…えっと、シャオ、可愛いよ」
「本当ですか? 太助様?」
先程の曇った表情が一転して、晴天のような晴れやかな笑顔に変わった。まるで、にわか雨の直後の青空のように澄み切っていた。
「あ、ああ」
まぶしすぎるシャオの笑顔におされつつ、曖昧な声をなんとか絞り出す太助。
「嬉しいです。翔子さんが、この格好したら太助様が喜ぶって言ってたから」
(山野辺め! 余計なことを!)
本当のところは嬉し恥ずかしなのだが、ここですんなり翔子に感謝できるほど、太助も人間が出来ていない(?)ので、とりあえず心の中で呪いの言葉を吐いた。
「あら、たー様。ルーアンは首をなが〜くして、あなたの帰りを待ってたのよ」
しなを作ったルーアンが板についたような仕草で太助の腕をとる。もともとそういった素養があったのか、彼女は妙にハマり過ぎていた。
「さぁ、参りましょう。太助様」
ルーアンが左腕、シャオが右腕を、それぞれ太助の腕を組んでソファへと連行する。もちろんルーアンもバニー姿だ。
「ちょっ、待てよ。ルーアンまで…。おい! キリュウ! これは一体何の試練なんだ?」
「試練の意味を見出すことも含めて、私は試練を主殿に与えたつもりなのだが…」
「き、きたねぇぞ。キリュウ」
「ふっ、これも試練だ。耐えられよ」
「くそっ」
毒づく太助。キリュウはあごに手をやり少し考えるような仕草をした。
「そうだな。さしずめ女性の色香に対する免疫を強くする試練とでもしておこうか?」
とってつけたような言い草に太助はカッとなった。
「色香ってなぁ! おいこら! キリュウ! ちょっとこっち来い!」
太助は両腕をシャオとルーアンに束縛されキリュウに向き直ることがきないので、その場で彼女を怒鳴りつけた。
「なんだ? 主殿」
「もう少し詳しく説明しろよな」
キリュウがテーブルを挟んで向かいのソファに座る。
「待たれよ。主殿。今回、私は給仕役のつもりだったからな」
と、太助には意味を取りかねる言葉を彼女は吐いた。因みにキリュウの服装はウェイトレスならぬ、ウェイター、つまりボーイの格好だった。どうやら何か食べ物か飲み物でも太助たちのところへ運ぶつもりだったのだろう。
「今、着替えるから待たれよ」
「おい、キリュウ。着替えるってどういう意味…って、うわっ!?」
太助の言葉を待たずにキリュウはおもむろに服を脱ぎ始めた。まず、蝶ネクタイにチョッキ、そしてYシャツ、ズボンを脱いだ頃には、すっかりうさぎさん3号になっていた。
「なっ!? キリュウ。お前、その格好…」
「どうした? 主殿」
太助としては、どうやってボーイの服の下にバニースーツ(?)を仕込んでいたのかかなり謎だったが、ちょっと怖くて突っ込めかった。
「キリュウさん、耳、耳」
「ああ、すまんシャオ殿。確か耳は…お、あったあった」
そんな様子を驚きながらも律儀に見守っている太助も太助なのだが、
「さて、気を取り直してと…」
「驚かれたのか。私もただ試練を与えるだけではないと言う事だ」
「……」
太助は先程から絶句していた。キリュウはそれをあまり意に介した様子はなかった。
「那奈殿。何か飲み物を頼む」
「あいよ!」
キッチンから那奈の元気の良い返事が返ってきた。
「キリュウ。お前までそんな格好して、一体何企んでるんだ?」
「企んでるとは人聞きが悪いな主殿。ここはひとつ、落ち着いてゆっくりと茶でも飲んで、話しでもしようじゃないか」
「無茶言うな。この状況で落ち着けるかっての!」
「そう邪険にしないでくれ。シャオ殿達だって快く協力してくれているんだから」
言われて太助は、改めてシャオとルーアンの見合わせようとしたところでふと気が付く、腕になにか柔らかいものが当たっていた。そんでもって彼女達の様子を伺おうかと首だけで向き直ろうとした。太助はシャオより座高が高いので、上から見下ろすような形となる。そうなった場合太助に何が見えるかは、押して測るべし(笑)
「のぉ!?」
ボン!
太助の中で何かが爆発した。嬉し恥ずかし、頭真っ白、顔真っ赤な太助には、彼女達の様子を見る所ではなくなってしまった。
「たー様。シャオリンばっかりじゃなくて、ルーアンのことも見てぇ」
いつも以上に甘ったるい声を出してルーアンが太助の頬を両手で包み込むようにしてぐいっと首を捻り、無理やり自分の方へと向かせた。
ぐきっ
「ぐあっ!」
「あら?」
やばそうな音と悲鳴を聞いたルーアンも、これは失敗したかと焦りを感じた。
「七梨せーんぱい(はぁと)」
だきっ、と謎の擬音が聞こえてきそうなほど、太助のやばそうに曲がった首に勢いよく誰かが抱きつかれた。
ごきっ
「あっ、元にもどった」
意外と太助は冷静だった。冷静ついでに今の状況を分析してみた、首の後ろから後頭部にかけて何か微妙に柔らかいものが当たっているような気がする。
「あ、愛原!?」
「せんぱい。花織って呼んでくださいよぉ」
「ほら、ここに名札があるでしょう?」
そういって、花織は少し体を反ってお世辞にも大きいとは言えない、自らの胸を強調するかのように太助に良く見えるように突き出し、名札を指差した。確かに、言われたとおり、胸には平仮名で可愛らしい字体で「かおり」と書かれている。まるで源氏名だ(笑)
「まぁ、この子ったら、油断も隙も無い」
ルーアンは呆れ気味に言う。
「あんた、そんなちんちくりんで発展途上な体で、たー様を誘惑しようだなんて、10年、いいえ、100年早いわよ!」
「言ったわねぇ…」
(ひとの気にしてることを…。そりゃ、ルーアン先生やシャオ先輩みたいに、胸とかおっきくなくて、あたしから見たら羨ましい時もあるけど…)
乙女の微妙なモノローグである。
「べーだ。ルーアン先生みたいな『オバさん』なんかよりも七梨先輩は、あたしみたいに若い方が良いんですよねぇ?」
ピンポイント爆撃である。
「いま、なんつったー!?」
ルーアンは口から火でも吐き出さんと怒りの形相で立ち上がり、いまにも花織に掴みかからんとする勢いだ。
「何度でも言ってあげますよ? お・ば・さ・ん!」
「この小娘がぁ!」
ここまでくると怪獣大戦争だ。正面のソファに座っていたキリュウは呆れて肩を竦めて嘆息していた。太助としてはとばっちりは御免被るところで、難を逃れたい一身だ。
「太助様。いまのうちにこちらへ」
シャオがそっと太助の手を引き、テーブルを挟んでルーアン達が騒いでる反対側まで太助を導いて、キリュウの座っているソファの影に隠れるようにして、ふたりで座り込んだ。
「シャオ。サンキュー。助かったよ」
「いえ、当然のことです。わたし守護月天ですから」
シャオはにっこりで笑顔で当然のことのように言った。つまり先程のアレ(花織とルーアンの喧嘩)は災厄ということらしい。太助は苦笑し、シャオの言い得ての妙にも感心した。
「そんなことがふたりに聞こえたら怒られるよ」
「では、そのときは、一緒に笑った太助様も怒られてくださいね。うふっ」
…確信犯か。一体こんなこと誰に吹き込まれたんだろうか、それとも周りの影響だろうか、こんな悪影響(?)をシャオに与える人物は極々限られてはいるのだが。
「七梨、今あたしの悪口言ったろ?」
ぎくっ!
太助は自分の心の声を看破するような声を頭上から聞いた。
「それにしても相変わらずあっちは修羅場だねぇ、こっちに逃げてきたのは正解だな」
「山野辺」
「お待たせ。一応酒は無しってことだからな。ウーロン茶で我慢しろよ。」
ここまでくるとお約束で、翔子も勿論バニー姿だ。
「その格好、お前まで!?」
「だって面白そうじゃん。こんな格好出来るなんて滅多にあるもんじゃないよ?」
アハハハハと翔子は笑って悪びれもせずに堂々と言い放った。その瞬間太助はとても嫌な予感がした。
「山野辺。一つ聞いていいか?」
ばかばかしいことだが、太助には割と切実(?)なので、その声音は硬い。
「なんだ? 七梨」
ノリの良い翔子はそれに合わせるように、いまの格好に似つかわしくない真面目な声で答える。
「も、もしかして…」
「もしかして…なんだ?」
「その、な、那奈姉も…」
正直、肯定の返事はあまり聞きたくなかった。
「………」
翔子は沈黙を持って返事を先延ばしにした。その絶妙な間が太助の心を掻き乱した。
「……」
「にひひ、そのまさかだよ」
沈黙を破りニヤリと子悪魔のように笑う翔子。太助はそのとき彼女に黒い翼としっぽをの幻を見たような気がした。
「………」
本日何度目かの絶句である。
「しかし、なんで愛原が居るんだ? こうなることなんて分かりきってたのに…」
心の底から沈んでしまうのを自ら回避する為に、太助はむりやり話の矛先を変えた。
「申し訳ありません。太助様」
シャオが三つ指立てて深々と頭を下げた。うさぎの耳が可愛く上下に揺れる。
「シャオ?」
わたしが花織さんをお誘いしました。
話を遡ること数時間前、学校にて
「シャオ殿。実は折り入って話があるのだが…」
シャオはキリュウからある話を持ちかけられた。
「はい。わかりました。そういうことでしたら喜んで手伝わせてもらいますね」
シャオは笑顔で頷いた。その様子をたまたま目撃する花織。
「あれ? シャオ先輩とキリュウさん。ふたりで何話てるんだろう?」
シャオが何かすることには、花織は大して興味を持たないが、ここにキリュウが絡んでくると別問題だ。キリュウが何かするということは、最終的に太助に繋がるのはずなので放っておくわけにはいかない。キリュウが立ち去ったところで、花織は聞けるだけのことをシャオから聞き出しておきたかった。
「あっ、シャオ先輩、こんにちわ」
「こんにちわ。花織さん」
「こんなところで会うなんて奇遇ですね」
学校内なので会う可能性は当然あるのだが、そんな些細な言葉(?)などあまり気にしないふたりである。
「そうですか? そうですね」
「ところでシャオ先輩。さっきキリュウさんと、何をお話してたんですか?」
偶然を装い(実際偶然なのだが)『シャオ先輩とキリュウさんが何か話して楽しそうにしてるの聞いちゃったんです。花織も興味深々だから、お話聞かせてほしいなぁ(はぁと)』なノリと勢いで話を聞き出そうとする花織。
「実はですね…」
シャオは花織にキリュウから持ちかけれた話をあっさりに話し始めた。もともとキリュウには『主殿には秘密にしておいてくれ』としか言われていなかったし、なにより太助のために何かするのであれば、来るものは拒まない。みんなでやる方が楽しいし、きっと太助も喜んでくれるに違いない。シャオは素直にそう信じ込んでいたので、屈託の無い笑顔で嬉々としながら花織に話していたのだが、花織としては情報戦さながらでシャオから話を聞き出せるだけ聞き出しておこうという腹積もりでいたので、少々拍子抜けしてしまった。その上なにやら自分だけ悪巧みしているようなどこか後ろめたい気持ちも湧き上がり、己の卑小さを間接的に突きつけられたような感じすらあった。
「あの? もし、お邪魔じゃなかったら、私もお手伝いしてもいいですか?」
花織は恐る恐る上目遣いでシャオに尋ねた。シャオは花織が一体何に遠慮して、こんな風に人の顔色を伺うような感じで自分に聞いてきたのか、全く理解できなかった。しかし、聞かれるまでもなく、シャオの答えは初めから決まりきっていた。
「もちろんですよ」
シャオは間髪入れずに満面の笑顔で花織の言葉に頷いた。その穢れない笑顔が花織の胸に傷を負わせているなどとは露ほどにもシャオは思ってもいなかった。
というようなやり取りが行われ、太助どころかシャオ以外の他の誰もが知らないところで花織が今回の件に飛び入り参加してきたのである。
「よぉ、太助。ウサギの園は気に入ったか?」
聞きたくない人物の声がかかり、物凄く振り返りたくなかったが、振り返らないともっと怖いことになりそうだったので、太助は恐る恐る声の主の方へ振り返った。開いた口が塞がらないとはこのことだ。いや、開いた口が塞がらない本当の理由はその隣りにあったかもしれなかった。
「フェイ!?」
伏せ目がちで俯き加減で少し恥らうように頬を染めたフェイが、那奈に手を引かれて太助の前に連れられてきたのだ。
「なんでフェイまで…」
太助の声に反応するように、フェイはびくっと体を震わせ、那奈の後ろ隠れる。那奈の影から、そっと上目遣いで太助の様子を伺うフェイと、驚きで見開いた太助の目が合うこと数秒。
「………」
「………」
ぺしっと軽く太助の頭を平手で那奈が叩いた。
「そんなにじっと見るもんじゃないよ。フェイが恥かしがってるだろ?」
恥ずかしいなら最初っからそんな格好させるなよ! と言い返してやりたかったが、言えば確実に次は拳が降ってくるのが分かっていたので、太助は口惜しく思いならがも、大人しく黙ることにした。
ルーアンと花織はうさぎ耳の間に大きなたんこぶをこさえていた。先程の喧嘩の制裁を那奈から受けたのである。
「ルーアン先生が先に言ったんですからね」
「あんただってヤル気満々だったでしょうに…」
ぶつぶつとお互い揚げ足のちろあいをしていると、那奈は腕組みをしながら、こめかみのあたりの血管を浮き上がらせてふたりに言った。
「ふたりとも、耳と同じ数だけたんこぶが欲しいのかな?」
はたして耳の数とはウサギ耳の数だろうか? それとも本物の耳も合わせた数だろうか? そんな怖いことはいちいち確認したくはないので、とるべき行動はひとつしかなかった。
「ごめんなさい。お姉様」
「すいませんでした。先輩のお姉さん」
「まっ、今日はお互い仲良くな。でないと次は容赦しないよ」
既に十分容赦の欠片も無かったが、ふたりは大人しく頷いた。
「………」
そんな様子を遠目に見ながら、太助は真面目に頭を抱えてる自分自身がなんだか馬鹿馬鹿しく思えてきた。たかが格好。されど格好。格好違うだけで妙な気分になるのも事実なのだが、流されるのもなんだか釈然としない。ぶっちょう面でそんなことを考え込んでると、説教の終わった那奈達が太助のやってきた。
「まだ悩んでるのか? 太助。あんたも損な性格してるねぇ」
「そうだぞ。七梨。こういうのは、楽しんだもん勝ちって言うもんだぞ」
「そうそう! たー様。同じ阿呆なら騒がにゃ損々♪」
「先輩。せっかく花織だってこんな格好してるんですよぉ」
「太助様。一緒に楽しみましょう(はぁと)」
「試練だ。受けられよ。主殿」
「…誘惑。…葛藤。…快楽の入り口?」
なんだか色んな意味で話に乗ってしまうと、もう二度と元に戻れなさそうな誘惑も含んでたような気がしたが、太助は一瞬(?)躊躇った。那奈達が太助を冷やかしてる(?)中、キリュウとフェイは太助の様子を静かに見守っていた。
「いいのかなぁ? 本当に…」
「なんだ太助。諦めが悪いぞ。姉ちゃんが良いって言ってるんだからさ」
良いと言っているよりも、逆らった方が正直怖い。そのときはそのときでシャオに守ってもらうことにしよう(オイ)そもそもここで止めようなどと言って、果たしてこの面子が聞くだろうか…いや否絶対聞くはずが無い。聞かれてはいるが明らかに自分に決定権が無いのが分かりきっていた。つまりここから先は多かれ少なかれ無駄な抵抗という訳だ。時間稼ぎはできるだろうけど。
「…つまり、俺が抵抗を止めると宴会が始まる訳なのね?」
「そうだぞ七梨。今回はあんたの接待なんだからな。主役が渋ってどうするんだよ? なシャオ」
「そうですよ。太助様。今日はみなさんと一緒に日頃から頑張っている太助様を労わろうと、こうして準備したんですから」
そこで何に頑張ってるのかあまり気が付いてくれていないシャオの反応に太助はちょっぴり寂しくなった。そしてその報われなさが引き金となった。
「もう、こうなったら、自棄だ! こっちも乗ってやろうじゃないか! どんどんこ〜い!」
そのとき太助の中で何かが音を立ててが壊れたような気がした。
「よく言った太助!」
「それでこそたー様よ!」
「先輩! 最高です!」
「太助様。格好良いですぅ!」
「面白くなりそうだな」
「これも試練だ」
「…自暴自棄…暴走…行くつく先は…破滅?」
それぞれがそれぞれの言葉で太助の壊れっぷりの第一歩を拍手喝采(?)で迎えた。
「あはははははは〜。このお茶とってもおいしいですねぇ」
「あれ? シャオ、ろれつがまわってないよ? このお茶ってまさか…」
「ぴんぽ〜ん! 齢数千歳のこのぽけぽけお嬢さんには、ルーアン特製のスペシャルブレンドを一服盛ってやりましたぁ、キャハッハッハッハ!」
高らかと宣言するルーアン。こっちかなりも目の色が危険だ。
「しちりぃ、あんたも一杯どうだ? にゃっはっはっは!」
妙に色っぽい笑みを浮かべた翔子は、太助に杯を勧めた。
「しちり、せんぱ〜い♪」
首にしがみついてくる花織がいつも以上に妙にべたべたとくっついてきた。まるでルーアンのようである。この表現はルーアンにとっては失礼極まりないことなのだが。
「先輩もいっしょに楽しみましょうよぉ。そのジュースとっても良い気持ちになれるんですよぉ」
「山野辺に愛原…お前達もか…。誰だ? 本当の子供に酒を飲ませたのは?」
「わっはっはっはっは! どうやら那奈さんの罠に掛かったようだね! あたひが、お茶に酒を仕込んだのら〜!」
腰に手を当てて宣言する那奈をかなり出来上がっていた。
「しらふなのは俺だけなのか!?」
太助が頭を抱えてうろたえていると、くいっと袖が引っ張られた。
「ん?」
「………」
ふるふると静かに頭を振るフェイ、振った頭に釣られてうさぎの耳が左右に揺れた。太助は地獄に仏を見たような気がした。ところが安心する暇もなく太助は翔子に絡まれる。
「なぁ、しちりぃ、たまにはいいだろうよ? 先生公認だしさぁ」
と翔子は那奈達の前で陽天心達と陽気に踊っていたルーアンを指差した。
「いいのかよ。本当に?」
と思わず太助が真面目に突っ込むが、
「あんだぁ? あたしに意見する気かぁ? そんなこと言っちゃうと色々と余計なこと喋っちゃうぞ?」
「なんだよ。それ?」
「山野辺先輩、それなんですか? 七梨先輩の秘密ですか? 聞きたいなぁ、花織は聞きたいなぁ」
「ほら、わくわくして聞きたがってる可愛い後輩がここに一人」
「山野辺先輩ったら、可愛いだなんて当然のことを!」
まんざらでもない顔で、何故か太助の肩を叩く花織。
「愛原。痛いってば」
「あ、いいの? ああ、いいんだ? そっか、言っちゃおう」
「まてや」
「あ、じゃ、飲めよな」
そう言って翔子は明らかに酒と思われるビンの中身を太助のグラスに流し込んだ。ほとんど脅迫である。
「くそっ。飲めばいいんだろ? 飲めば!」
「えぇ? 先輩の秘密の話、聞けないのぉ?」
がっかりしている花織を他所に、太助は覚悟を決めて一気にそれをあおる。
「げほっ! げほっ!」
胸が焼けるように熱くなり思わずむせ返る。
「よし、よく飲んだえらいえらい! あっはっはっは!」
太助は苦しくて、返す言葉が出なかったが内心「このやろ〜」という気持ちで一杯だった。
「じゃ、景気つけに喋るとするか」
「まってました! さすが山野辺先輩!」
「まて!」
「え?」
「話が違うぞ。山野辺」
「なっはっは、酔っ払いに約束事が通じると思ってたのか?」
「思ってたのか? あっはっはっはっは!」
翔子の言葉の尻馬に花織が乗る。自覚症状のある酔っ払いどもは極めて性質が悪かった。
「きたねぇ。確信犯かよ!?」
「だって聞きたいって言ってるのがいるんだからしょうがないじゃん」
そう言って翔子は花織の頭を撫でた。
「そーだ! そーだ!」
腕をぶんぶん振り上げ、花織も同調する。
「愛原、頼むから。あっちに行っててくれ」
半ば懇願だった。
「うえ〜ん。山野辺先輩。七梨先輩があたしを仲間外れにしようとするぅ」
花織は翔子に泣きついた。
「おお。よしよし、かわいそうに。七梨はシャオ以外には冷たいからな」
酔っていても翔子の指摘は概ね正解だった。
「そうなんですよぉ。七梨先輩ったら冷たいんですよ。この前だって…」
なにやらあることないことを口にし始めた花織。
「山野辺に愛原。おまえらつるむとこんなに性質が悪くなるのか?」
太助の言葉なんてふたりはまったく聞いちゃいなかった。
「かわいそうな愛原。そんなあんたには、あたしが知ってるとっておきのちょっと素敵な話を聞かせて…」
「や〜ま〜の〜べ〜さ〜ん」
太助も酒が入ったせいなのか、翔子をすごむ目がマジっぽかった。流石に翔子もその目には危機感を覚えて口を重くする。
「…ごめんな。愛原。教えてやりたいのはやまやまなんだけど、そこのこわ〜い顔した七梨に何されるかわからないから、また今度な?」
翔子の言葉に花織はしぶしぶ頷いた。
「まったく仕方が無いな。じゃあ七梨。ちょっとここに座って、あたしの話に付き合えよ」
こことは翔子の隣りのことだ。因みに翔子は床に座ってあぐらをかいていてその隣りには花織が座っているので、正直隣りに座るにはちょっと狭い。
「なんだ狭いか? なんならここでもいいぞ」
そう言って翔子は笑いながら、あぐらをかいた自分の膝をパンパンと叩いた。
「冗談じゃない」
太助としてはそんな恥ずかしいことは御免被りたかった。どうやらまだその当たりの理性は保っているようだ。
「山野辺ちょっとそこからずれろ。隣り座ってやるから」
「あっそ。隣りか、ちぇ、ノリが悪ぃなぁ七梨は」
なにやらぶつぶつと文句を言っているようだが、いちいち耳を傾けてたら切りが無い。
「座ったぞ。で話ってなんだ?」
多少窮屈だが、どうにか太助は座り込めた。
「山野辺先輩。狭いです。痛いです。膝が花織の足に刺さってます」
「おお。悪いな。愛原。これ以上場所が無いからさ、ホント悪いんだけど、他に行っててくれないかな?」
「えぇ? でも…。しょうがないですね。今日の山野辺先輩、なんだか優しいから言う事聞いてあげます。その代わり、あとでその…七梨先輩の話…」
「おう。分かった。分かった。今日の愛原は素直で良い子だね。ちゃんとあとでオマケ付きで教えてやるからな。そうだ。七梨の話だったら那奈姉に聞いたら面白いことが聞けるんじゃないか?」
「そうですね。そうします」
太助にとってはなにやら不穏な約束事が取り付けられていたが、花織がこの場を去るのはありがたかった。
「さて、邪魔者はさったことだし」
自分で追い払っておきながら酷い言い草だった。花織を邪険にしていた太助もこれには内心同情した。
「これでゆっくりと話ができるってもんだ」
こうして、妙に芝居っ気たっぷりで翔子の語りが始まった。
「ルーアンさん。これとってもおいしいですね♪」
「そうでしょうよ。そうでしょうよ。なにしろルーアン特製ですからね。ほらシャオリン。もう一杯」
「ありがとうございます」
「ほら仕事柄(?)あたしとあんたがこうやってゆっくりと杯を酌み交わす機会なんてそうそう無いんだからさ、たまには楽しみましょうよ?」
「はい。よろこんで♪」
「よしっ、よく言った。それでこそシャオリンよ。今日はとことんいくわよ!」
こちらもこちらで全開(全壊?)だった。
「キリュウ」
「なんだ? 那奈殿」
「あたしの酒が飲めないのか?」
「あいにく、私は酒に弱くてな」
「そぉかぁ、これは那奈さん良い事聞いちゃったなぁ」
那奈の顔が妖しく歪む。
「よし! 飲め!」
「だから私は酒は駄目だと」
「だからなおさらだ。いいから飲め! これはあたしの命令なのら!」
「命令か…これは困ったな」
「そうだぞ、キリュウ。主の姉と言ったら主と同じくらい大事にないとなぁ」
まさに七梨家の絶対権力者である。
「仕方が無い。一杯だけだぞ」
「おっ、話がわかるねキリュウ。よし飲め!」
こうしてまた一人狂乱の宴に巻き込まれていった。
「毎日毎日退屈な日々を健気に過ごすいたいけな中学生」
「誰のことだよ」
「そこ、話の腰を折らないの」
「へいへい」
「そこである日、友達いや、親友とも呼んでも良いような、それはそれは心根の優しい少女と出会いました」
「シャオのことだろ?」
「ええ、そうです。シャオですよ。って、いちいちつっこまないで黙って聞いてなさい」
「その親友の少女には、近くの男の子が居ました」
「あたしは、その子の為にと一生懸命その男の子との仲を取り持とうと、手を変え、品を変え、色々とやってきましたよ」
「ええ、がんばりました。ところが一向に上手くいかない。何故か?」
「その子がぽけぽけさんなのは、まぁ、許容の範囲だったんだけどさ」
聞いてる太助は物凄く嫌な予感がした。
「お前だよ。お前! お前がもう少ししっかりしないから、あたしが苦労するんだ! この野郎!」
言葉半ばで翔子は太助にヘッドロックで締め、拳骨でその頭ぐりぐとえぐった。
「シャオに奥手なのはまだ許す。つーか泣かすようなことしたら、あたしがあんたを許さん!」
そんな状態でも翔子の愚痴はまだ続く。
「しかしだ。愛原やルーアン先生からの押しに対する弱さってどうよ!?」
「うっ!?」
太助は痛いところを突かれた。
「こっちも好きで世話焼いてるんだから感謝しろとは言わないけどさ。あんたがそんなんだから、あたしが要らない世話焼いて、いろいろ考えたりしてるんだよ。あたしの限られた中二の青春を返せ!」
感謝しろとは言わない代わりに文句は散々つけるようだ。
「こう、もう少し、進展してくれても良いんじゃないのかな? 七梨君」
「俺達にもいろいろあるんだよ!」
「ほう? そうかい。そのあんたの色々をあたしが納得できるように聞かせてもらおうじゃないか?」
こちらも絡み酒の絶頂だった。
「ねぇ、シャオリン。あんた、あのときのこと覚えてる?」
「はい。よく覚えてますよ」
彼女達は血生臭い戦いの歴史を振り返り、思い出話に華を咲かせていた。
「確かあのときルーアンさんの大砲に天鶏の炎が燃え移って…」
「そうそう、ほんと、あのときは、大変だったのよ。火を消すにも手持ちの水じゃ足りなかったし、お陰で泉に飛び込んで事なきを得たわよ。山火事なったらどうするつもりだったのよ?」
「その節はどうも、ご迷惑を御掛けしました」
深々とシャオは三つ指立てて頭を下げた。そんなところがなんとも彼女らしかった。
「しょうがないじゃないのよ。あたま上げなさいよ。あのときは、お互い主様のために一生懸命だったんだからさ」
「それにしてもあんたってばさ、何時の時代でも、あたしの邪魔ばっかりするのよね」
「それはどういうことでしょうか?」
「いいわよ気にしなくて、あたしのただの独り言だから」
「あっ、キリュウさん。ちょうど良いところに現れましたね。」
「私は始めからここに居たのだが…」
「そんなことはどうでも良いです」
「そうなのか?」
酔っ払い相手に真面目に受け答えをするキリュウ。
「あたし、キリュウさんには、前々から一度言っておきたいことがあったんですよ」
「なんだ?」
「七梨先輩に意地悪しないでください!」
「意地悪? はて? なんのことやら…」
花織に言われて思い巡らすこと数秒。
「ん? もしかして花織殿は試練のことを言っているのか?」
「試練なんて格好良いこと言っても駄目です」
「別に格好つけてるつもりはないのだが」
「あたしが認めません!」
「花織殿に認めてもらわなくても…」
「いえ、駄目です! 許しません!」
「七梨先輩をいじめるひとはあたしが許しません。シャオ先輩に代わってあたしが七梨先輩を守ります!」
「本気か? 花織殿」
「本気です!」
「ならば花織殿にも試練を受けてもらう必要がありそうだな…」
キリュウは短天扇を花織に向けて構える。
「なんですか? やる気ですか? 負けませんよ! 絶対に七梨先輩はわたさないんだから!」
「わたさないってな、花織殿。もともと主殿を花織殿から取り上げるつもりはないのだが…。いや、そもそも主殿は、花織殿のものではないぞ」
「じゃあ誰のものなんですか? まさかシャオ先輩のものとか言うつもりじゃないんですか?」
「花織殿。まず主殿が誰のものかという考え方が間違ってるんだ。主殿は主殿で、一人の人間で個人だ。個人は誰のものでもあってはならないはずなんだ。因みに私は精霊で『個人』ではないから主殿の物だ」
と言葉の最後は何かに勝ち誇ったかのようにニヤリと笑っていた。最初の方は真面目に語っているようだが最後の方は明らかに普段のキリュウらしからぬ発言だった。どうやら彼女にも酔いが回っているらしい。
「あっ、どさくさにまぎれてそういうこと言うのはずるいですよ。キリュウさん」
「そうか、私はずるいのか。そうか。そうか」
彼女は何を思ったのか、満足気に頷いて笑っていた。
「ではこの話は終いにしようか」
「え? あたしそんなの納得いきません!」
「では、仕方が無い、花織殿には眠ってもらおうか」
「なにをするつもりなんですか?」
「万象大乱!」
ごすっ
何を巨大化させたか知らないが、花織の視界は激しく震動し、暗転した。花織は遠のく意識の狭間で高らかに笑うキリュウの声聞いたような気がした。
ぶらっくあうと
「那奈…風邪ひくよ?」
「ぐぅ〜」
キリュウを花織にとられてしまい、構ってくれる相手のいなかった那奈は、いつのまにかに良い具合にいびきをかいて眠っていた。
「フェイ殿。これを」
キリュウが毛布をフェイに差し出した。
「ありがとう。ところであの子は?」
フェイの言う『あの子』とは花織のことだろう。
「花織殿は眠ってしまわれた」
眠らせた張本人がよくいうものだ。
「…ここは、随分とにぎやかで楽しいところだね」
「そうだな。幸せすぎて、昔の辛さを忘れてしまいそうだよ」
「…そっか。……良い事だよね?」
「多分…な」
「ところでキリュウは平気なの?」
「いや、駄目だ。少し気分が悪い。向こうで少し横になってくる」
キリュウはそういってフェイのもとから去って行った。
「ん? あれ? ここは? 自分ちか…」
「…太助」
「主殿。良く眠られたか?」
キリュウとフェイが心配そうに太助の顔を覗き込む。
「え?」
「あっ、俺、眠っちゃったのか…」
正確には翔子の手加減無しのヘッドロックで気を失ったのだが。
「しっかし、って痛つ…」
太助は頭を押さえた。明らかに酒の頭痛でないなにかも混じっていた。
「酒が抜けきってないようだな」
「山野辺に言ってくれ。あいつに飲まされたんだ」
「良い気分転換になったか?」
「え?」
「このところ、主殿が根を詰めて試練に臨んでいたからな。たまには息抜きも必要かと思ってな、皆に協力してもらったのだ」
「そっか」
ここで『自分では良い案が浮ばなかったので、那奈殿と翔子殿に相談した』と言わないあたりが慎ましやかながらキリュウしたたかさかも知れない。太助に言わせれば、明らかに相談相手の人選ミスなのだが、そうなることを見越した上でキリュウが相談したいうのなら、その時点で太助の命運が尽きているのだろう。
「結局みんなに気を遣ってもらってたんだな。俺」
「ま、そういう事だ」
太助はソファにもたれかかって眠っている花織を眺めながらこう言った。
「愛原が居たのには、びっくりしたけどな」
「ああ、そうだな。私も驚いた。まさかシャオ殿が花織殿に声を掛けているとは思わなかった。まぁ、そういうところが実にシャオ殿らしいのだが」
「そうだな」
「正味のところ、面白半分で参加した輩ばかりだ。かくいう私もそのクチだ」
「わたしは巻き込まれた」
フェイが珍しく口を挟んだが、太助は聞き流す事にした。そして、
「キリュウがか?」
「悪いか? たまには変わった格好の一つでもしてみようかと思うようなこともあるもんだ。何千年も生きてるとな。あくまでもたまにだがな」
「へぇ」
「本当にたまにだぞ? それこそ数百年に一度くらいだ」
やたらと『たまに』を強調するキリュウ。どうやら今回の格好はまんざらでもないようだった。
「本当にたまになの?」
「いや、その…そうだ。たまにだ」
キリュウが少し口篭もる。その顔には酒のせいではない赤みがさしていた。
「へぇ〜」
どことなくいやらしさのある声だった。
「主殿が強く望むなら、次回もこういった趣も取り入れなくもないが…」
「えっ? 俺!?」
突然話の矛先を自分に向けられた太助は『またやってくれ』とも言えないし『二度とやるな!』と強く言い切れる強い意思(?)は無かった。
「まぁ、それはさておき、私達なりにも、なかなかの気分転換になった」
「そうかい? それにしても、ルーアンなんかハマり過ぎだったんだけど」
毛布を抱きしめて気持ち良さそうに寝ているルーアンを眺めて言った。
「そうだな。慶幸日天とは、案外こうやって主を励まし、労わって、主に幸せを授けていくのだろうな?」
「はははは、そうかもね」
太助はキリュウの言葉に頷き苦笑した。
「太助様…」
太助の手を握ったまま眠っていたシャオが、その手をぎゅっと少し強く握って引っ張る 。
「おっと」
太助はシャオの手を優しく握り返す。
「シャオ殿は、眠っていても主殿を放さないつもりらしいな」
「ああ、俺も放さないよ」
「うむ、昨日よりも良い顔になったぞ。主殿」
「なんだよそりゃ?」
「うじうじ悩んでた時よりも、あんたはちっとはマシな顔してるってことさ」
「山野辺」
「シャオのこの手、この先も何があっても絶対放すんじゃないよ」
「ああ。わかってる」
『固まる決意…折れない心…その先に見る光…多分それは希望』
「フェイ?」
フェイは何も言わず、座ったままの太助の頭を静かに撫でた。
「な〜に格好つけて、おいしいところを持ってくかな?」
那奈に突然両脇から抱え上げられる。フェイはじたばたと暴れて抵抗したが、根本的にリーチの長さが違うので、那奈には届かない。
「ほれ、しんみりするのは、おしまいだよ。さっさと片付けないと。夕飯も食えたもんじゃないよ。ほら、翔子にキリュウも手伝え」
「ああ」
「分かった」
「那奈姉、俺は?」
「あんたが動いたら、シャオが起きちゃうかも知れないだろ? だからあんたそこで、じっとしてる」
「え?」
「あたし達は片付けがてら、それを肴にして楽しむから」
「オイ! 那奈姉! ちょっとまて!」
「おだまり! あんまり大声だすと、シャオが起きちゃうだろ?」
「ご、ごめん」
「ま、そういう訳だ。大人しくそこでじっとしてろ」
「……」
那奈は担いでたフェイを降ろし、片付けをはじめる。太助は観念して那奈の言う通りにした。
「お〜い、翔子。カメラあるか? 記念に撮っとけよ」
「あいよ〜。しっかし那奈姉も悪どいねぇ」
などと言いつつもしっかりとシャッターを何度も切る翔子。
「そうか? あたしは麗しき美しい思い出を一枚のフィルムに収めてあげようっていう姉心ってやつのつもりなんだけどねぇ」
ものは言いようである。
「…うそ」
ぼそっとフェイが核心を突く一言を口にした。
「フェイちゃ〜ん。那奈姉さんのこと悪くいう口はどこかなぁ?」
殆ど秋田のなまはげよろしく『よぐねぇごはいねぇがぁ!』ノリである。本能的に危機を感じたフェイはリビングを飛び出し、ドタドタと二階に向かって階段を駆け上がろうとした。体格差は大人とチビっ子である。勝てるはずがない。フェイが階段の中腹あたりまで登った音が聞こえたが、そこで音は途切れた。那奈に追いつかれたのである。数秒後、那奈に首根っこ掴まれたフェイが手足をぷらぷらさせて、太助達の前に姿をあらわした。
題して『フェイ、那奈に捕獲される』といったところだろう。すかさず翔子がシャッターを切ったことはいうまでもない。
思いっきり騒いで、楽しんで、くよくよ悩んでいたの昨日までの自分が馬鹿らしくなるほど、太助は今日一日を楽しんだはずだ…多分。明日からは新たな気持ちで頑張っていこうと、心に硬く誓う太助だった。
自分の膝を枕にして心地よさそうに寝息を立てる『愛しの姫君の宿命を解き放つ為に』
おしまい
あとがきのようなもの
どうも、ふぉうりんです。暴走うさぎさん話、どうにかケリをつけました。こんなんでよかったんでしょうか? ウサギさん話というより酒飲み話になってしまいました(爆)これで花見宴会ネタに酒は使えなくなってしまいましたね(苦笑)
今回はフェイちゃんが陥落しなかったので、次に酒を飲ませるネタには是非ぶっ壊してやりたいとこです(笑)
当初の趣旨と違う話が出来上がったような気がしますがこれにて失礼します。
ふぉうりん
2003年4月27日
あとがき
こんにちはぁ♪daicです。
前回のオフ会の時に、月天キャラにバニーな格好をさせたら萌えるだろうなぁって話から、
ふぉうりんさんがステキなバニーなSSを書いてくださいました♪
ふぉうりんさん、ありがとうございます!
私も、月天キャラ女性陣のバニーな格好(&ぬーど!?)を描けて楽しかったです。
このCGを描くのはものすごく大変でしたが………(^_^;)
次回はフェイちゃんをもっと壊しちゃうんですかぁ?また、是非ご一緒させて下さいネ♪
daic
2002年5月2日
共同企画
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