犬のお散歩
文章/挿絵:藤ゆたか(藤の庭園)
マルヒトマルマルジ。ワレ、センニュウニセイコウセリ。コレヨリ、サクセンコウドウニハイル。」
「ケントウヲ、イノル。」
 通信を切ると、私、天堂蘭は、目の前にあるドアをそっと開け、対機族閃光手榴弾を3つほど放り込み、素早くそのドアを閉めた。手榴弾の炸裂音を聞き届けてから、ドアを開け、今度は部屋の中に転がり込む。


「あれ?」
 予想に反して部屋がもぬけの殻だったことに、つい、鈴ちゃんみたいな反応をしてしまったことを自覚して、気を引き締め直す。おかしい。今日は夜間に単独行動の予定はないはずだ。そもそも、この作戦のために、そうスケジュールが組まれていた。
「ふふ、甘いですわ、蘭ちゃん。」
 死角―背後からの声に反応して、前方に飛び退きつつ、体を反転させて声のした方向に時間停滞投網を投げた…事を私はすぐに後悔した。
 そこにあったのは単なるスピーカー。そして自分が身を投げ出した前方にこそ、この作戦の標的たる麗ちゃんの罠が待っていた。
「くっ!」
 身をよじってその罠をかわそうとするも、既に崩れていた姿勢ではかわしきることはできす、左腕を絡め取られる。
「うかつですわね。私の部屋の前で通信なんか使ったらバレバレですわ。」
「以後、気をつけるよ。」
 言いつつ、罠に絡め取られた左腕を引き抜こうとするも、ゆっくりとしか動かない。時間停滞網か?
「まあ、それ以前にわかっていましたけれど。ドジッ娘でもさすがは諜報型ですわね。」
「鈴ちゃんが?いつの間に」
 この件は鈴ちゃんにも内緒だったはずだ。そもそも隠し事が下手だから、教えたらあっという間に麗ちゃんに伝わる。
「さあ?多分偶然でしょうけど。様子がおかしかったので問いただしたら、あっさりと白状してくださいましたわ。」
 どっちにしろ無駄な努力だったようだ。ともかく、もう少し会話を引き延ばさないと。
「これ以上無駄話をしている時間はなさそうですわね。」
 そう思った刹那に麗ちゃんが会話を切り上げる。どうやら罠から抜ける時間は与えてくれないらしい。目の前にふわりと麗ちゃんが舞い降りる。律儀にスカートの裾をあげてぺこりとお辞儀をする辺り、余裕なんだかバカにしているんだか。とりあえず足を狙って蹴りを放ってみたが、あっさりとかわされた。
「蘭ちゃんと格闘なんてはしたないこといたしませんわ。捕まった時点で私の負けですし。」
 私の足が届かない位置まで後退すると、麗ちゃんはポケットからハンドガンを取りだした。わざわざ姿を現したのは至近距離から確実に当てるためだろうか?とはいえ、2m弱の至近距離からでも私にはそれをかわす自信がある。たとえ、左腕を絡め取られたままでも。
「お休みなさい、蘭ちゃん。」
 攻撃は思わぬところから来た。引き金にかかる麗ちゃんの指の動きに集中している隙をついて。首筋にちくりと痛みを感じ、しまったと思うまもなく、私は意識を失った。


「痛っ!」
 お尻に痛みを感じて目を覚ますと、背後で誰かが立ち上がる気配がした。
「あ、やっぱり起きますわよね?良かった最後にしておいて♪さ、行きますわよ。」
「行くってどこへ?」
 まだ靄がかかったような頭を振ってから自分の体を見下ろす。その瞬間、頭にかかっていた靄が一気に吹き飛んだ。
「ち、ちょっと待った、麗ちゃん!何これ!?」
「何って…蘭ちゃんが私にしようとしていたことをあなた自身にしてあげただけですわ。」
 意識を失っている間に私の首には首輪が嵌められていた。そして、お尻には尻尾―さっきの痛みはこれか?その二つと左右の髪を束ねる髪留め。それだけが私の体を飾る物だった。それ以外の物は一切ない。下着すらも。
「じゃ、しゅっぱーつ!」
 麗ちゃんは私を引っ張って外に出ると、髪を飛行形態に変形させ、飛び上がった。当然、私の体も宙を舞う。
「ちょ…締まる、首が…嫌ぁ〜っ!!」
 体を隠す余裕もなく、必死に首輪を掴む。いつもならこのくらい引きちぎるのはわけないはずだが、この首輪は機伝子の機能を抑制する機能があるらしく、飛行形態に変形はおろか、力を出すこともできない。
「謝る、謝るから許してぇ〜!!」
 必死に懇願するも、麗ちゃんはにっこりと微笑むだけだった。


 それから私は死にたいほどの恥ずかしさと、実際の死に直面したまま、この命令を下した首謀者の名前をうっかり口にするまで延々と数時間、大空を引き回された。麗ちゃんは1時間ほどお散歩してあげただけですわ、と言っていたが…


「ワレ、サクセンヲカンスイスルコト、コレアタワズ。アンゴウメイ、ディーエーアイシーニ、ソウキュウニミヲカクスコト、コレヲススメル。」


おわり

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